文:Quick Timez 編集部

渡邊渚アナの休みの理由は病気でギラン・バレー症候群?それとも癌?復帰はいつ頃になる?

体調不良のため、2023年7月から休養しているフジテレビアナウンサーの渡邊渚さん。

病室のベッドに横たわり、覇気の感じられない顔色でガッツポーズ姿を投稿した投稿を覚えている読者も多いと思いますが、一体、渡邊アナの病名とはなんなのでしょうか。

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フジテレビ・渡邊渚アナの病名は?

体調不良のため、2023年7月から休養しているフジテレビアナウンサーの渡邊渚さん。

2023年11月現在、復職はしておらず、長期化していることからネットには渡邊アナを案じる書き込みで埋め尽くされています。

休養に入ってから渡邊さんのインスタグラムは長らく更新されていませんでしたが、10月に入り入院先の病室と思われるベッドに横たわった写真とともに、社会復帰への強い意欲を覗かせる投稿。

ガッツポーズしているものの、土気色の覇気が感じられない顔色で、投稿文には次のような身体的症状が記されました。

・食べられなくなった

・うまく歩けなくなった

・うまく指が動かなくなった

他にもできなくなったことを数えると「キリがないくらい」と綴っていますが、これらの症状が当てはまる病名として「ギラン・バレー症候群」を疑う書き込みが寄せられています。

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ギラン・バレー症候群とはどのような病気?

体調不良の原因である病名を公表していない渡邊アナ。

しかし、渡邊アナの症状から多くの人が「渡邊渚 ギランバレー」で検索しています。

ギラン・バレー症候群とは急性・多発性の根神経炎の一つで、主に筋肉を動かす運動神経が障害され、四肢に力が入らなくなりしびれなどの症状を起こす病気のこと。

多くの場合、発症前1ヶ月以内に風邪症状や下痢といった感染症の症状(先行感染)がみられます。

わが国での発症率は年間10万人あたり1-2人で、やや男性に多い傾向があります。

小児から高齢者まで、あらゆる年齢層で発症する可能性があります。

神経症状発症から4週間以内に症状はピークになり、その後回復が始まり元の状態に戻っていきます。

ただ、重症例では呼吸筋の麻痺、自律神経障害(重度の血圧変動、不整脈など)により生命にかかわる場合もあり、死亡率は約1%、約20%の方は発症から1年後にもなんらかの障害が残存しています。

再発は2-5%の方にみられます。(兵庫医科大学病院より抜粋)

自力で生活することは困難な症状ばかりで、渡邊アナの訴えとほぼ一致しているのではないでしょうか。

渡邊渚アナ、復帰はいつ頃?

渡邊アナの病名がギラン・バレー症候群か否かは、公表されていないため不確かです。

しかし、ギラン・バレー症候群も発症後、元の状態に戻る病気であることが分かっており(後遺症が残る場合もある)、10月27日にフジテレビの港浩一社長は定例社長会見で渡邊アナについて「退院して通院、治療中です」と説明したことから、快方に向かっているのでしょう。

渡邊アナも翌28日に「週4で病院に通い、検査もたくさんしている。27日あたりからやっと落ち着いてきた」と、近況を明かしました。

その後、25日にインスタグラムのストーリーズ (24時間で投稿が消える)機能では、「1日中ぐったり」、「身体が動いてくれなくて」と一進一退の症状を訴えながらも、再び文字が書けるようになった喜びに触れ、確実に良い方向へと向かっている様子。

ギラン・バレー症候群の症状のピークはおよそ1ヶ月以内といわれていますが、その経過中に神経の悪化がどれだけ悪化したかにより後遺症は異なるそうです。

渡邊アナの場合、文字が書けなくなるほどの強いしびれや感覚低下、食事が摂れないといった筋肉の麻痺まで進行していたと思われ、後遺症が残った可能性が高いのかもしれません。

渡邊アナの復帰については、レギュラー出演していた番組や公式な発表がないため、今のところ未定。

レギュラー出演していた『ぽかぽか』(フジテレビ系列)は既に「卒業扱い」となっていることから、長期療養を想定していたのかもしれません。

療養中の投稿で、仕事を大事にしてきた思いを綴り、元気になったらまたアナウンサーとして活躍したいという強い思いが伝わるため、まずは体調優先でゆっくり休んで復帰に備えてもらいたいですね。

渡邊渚アナのプロフィール

氏名:渡邊渚(わたなべなぎさ)

生年月日:1997年4月13日

出身地:新潟県阿賀野市

身長:165cm

血液型:O型

最終学歴:慶應義塾大学経済学部

同期入社:佐久間みなみ、德田聡一朗

趣味:建築模型作り、美術館巡り、ボトルシップ作り

特技:ピアノ・テニス・競技かるた・剣道(初段)

2004年10月23日に新潟県で発生した新潟県中越地震で、母方の祖父母が震源地の中越で被災したこともあり、またテレビなどで連日報道される地震のニュースを見聞きしていくうちに、子どもながらにも「今、生きているということが当たり前じゃない」、「いつ死ぬかわからない、みんながみんな天寿を全うできるわけではない」ということを強く意識し、考え方が変わった日として挙げています。

渡邊アナは当時7歳でしたが、これらのことから毎年10月には遺書を書くそうで、内容は家族や友達らに伝えたいことや金銭関係、自分の葬儀についてのリクエスト、デジタルデータやSNSの後処理についてなど多岐にわたり、年に一度この遺書に向き合い考えていると語っています。

遺書を書くことで自身の人生を見つめ直す死生観を持っている様子の渡邊アナ。

朗らかな笑顔に癒されていたファンは多く、またあの元気な姿をみたいですね。

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