3日に放送された「人生が変わる1分間の深イイ話」(日本テレビ系列)。
同番組の密着取材を受けた俳優で狂言師・和泉元彌さんが、過去にバッシングを受けた和泉流お家騒動に言及しました。
その時に、報道メディアから言われた一言が、ネット上で話題になっています。
その一言とは一体、何だったのでしょうか。
和泉元彌、1995年の和泉流お家騒動を語る!宗家を告げなかった事実!
3日に放送された「人生が変わる1分間の深イイ話」(日本テレビ系列)。
この日同番組が注目したのは、俳優で狂言師・和泉元彌さん。
和泉さんといえば、江戸時代から続く狂言の家元に生まれ、かつては大河ドラマなどにも出演した方。
最近では、チョコレートプラネット・長田庄平さんが元彌さんのモノマネで大ブレイクしたことで、再度脚光を浴びています。
現在は、狂言をたくさんの人に知ってもらう広報活動をしながら、長男と舞台に立ったりと、狂言の仕事に専念している様子。
狂言に人生をささげている元彌さんですが、過去には狂言によって大騒動に巻き込まれたことがありました。
それが、和泉家が代々継いできた宗家の跡取り問題から起きた「和泉家お家騒動」。
事の発端は1995年、元彌さんの父で、和泉流第19世・和泉元秀さんが公演中に倒れ、急死したことが原因でした。
元秀さんの死後、当時21歳だった元彌さんは、当然自分が後を継いで20世宗家になるのだろうと思っていましたが、ここで辛い出来事が起こります。
和泉流は、元彌さんの宗派を含めて複数の派閥に分かれていますが、その各流派の代表が若輩であった元彌さんを宗家だと認めず、さらに宗家の世襲制を廃止しようと動いたのでした。
そのため、現在でも元彌さんは20世宗家を名乗ってはおらず、現在20世宗家を継いでいるのは、元彌さんの長男・和泉元聖さんです。
宗家として認めてもらえなかったどころか、代々続く世襲制を廃止されそうになったことを、元彌さんは「1番辛かった」と、当時の心境を述べていました。
和泉元彌にマスコミのバッシング!視聴率のために仕組まれた?
宗家として認めてもらえず、狂言の世界で心苦しい立場に立たされた和泉元彌さん。
さらに、追い打ちをかけるように報道メディアから追い回され、その報道を見た世間からバッシングを受けます。
何をしても悪いように報道され、バッシングを受ける日々。
するとそんな中で、元彌さんは自身の報道を続けていたリポーターから、あることを言われました。
「ワイドショーで取り上げて、褒めて視聴率が上がった人は褒め続けます。ただ、元彌さんの場合は、叩いて視聴率が上がったので、ごめんなさい」と、まるで視聴率のために、元彌さんを悪く報じていたことを認めるような発言。
これには視聴者も、
「マスコミはロクなもんじゃない」
「視聴率のためなら何でもするのか」
と、怒りを露に。
しかし、元彌さんはこの発言を受けて、「どんな時も素直でいること」という、急死した父・和泉元秀さんの言葉を思い出し、良いことも悪いことも受け止めることを決意しました。
結果現在も、元彌さんは「お家騒動」という苦しい出来事があったとしても、狂言の活動を続けられているのでした。
江戸時代以前から、日本に根付く伝統芸能・狂言。
これからも狂言師としての活躍を祈っています。
(文:有馬翔平)