和田アキ子の現在の旦那・飯塚浩司の画像は?小川知子が菊の花束事件の犯人だった?

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女性

出典:SPONICHI ANNEX

昭和の歌謡スターであり、現在は芸能界の御意見番である和田アキ子さん。今でこそ芸能人の”ボス”のような存在ですがデビューしたての頃は壮絶ないじめを受けていたようです。

この記事では本番中に菊の花を渡されたなどの数々のいじめについて、そして落ち込む和田さんを陰から支えた夫の情報をまとめています。

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和田アキ子のプロフィール

「和田アキ子」の画像検索結果

出典:日刊ゲンダイ

名前:和田アキ子(わだ あきこ)

出生名:金福子

生年月日:1950年4月10日

出身地:大阪府大阪市

身長:174cm

血液型:O型

所属事務所:ホリプロ

韓国人の父と朝鮮系日本人の母の間に生まれた和田さんは在日朝鮮人2世です。

父親が大阪で柔道の道場をしていたため幼い頃から和田さんも柔道を叩きこまれ11歳には黒帯を取得していました。

道場での態度と同様に父の指導は家でも厳しく、和田さんは中学生に上がると父に反発する形で喫煙をしたり不良グループとつるんだりして素行が悪くなっていきました。

父によって高校も3日間で退学させられると益々生活は荒れていきます。そんな生活の中で唯一心のよりどころだったのがジャズ喫茶などで流れる音楽でした。

そしていつしかジャズを口ずさむようになった和田さんは当時設立間もなかったホリプロの社長からスカウトを受け「このまま大阪にいても極道しか道はない」と意を決し上京しました。そして1968年、「星空の孤独」で歌手デビューしました。

それからは力強い歌唱力が受けて1970年に発売した「笑って許して」でNHK紅白歌合戦に初出場、さらに1972年には「あの鐘を鳴らすのはあなた」で第14回日本レコード大賞を受賞と歌手人生において十分なキャリアを積んでいきました。

現在では歌手業の他に冠番組をいくつも持ちバラエティー番組で活躍し、芸人をまとめあげる”ボス”として芸能界で大きく存在感を放っています。

 

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和田アキ子が受けた嫌がらせ!菊の花束を渡された!

今でこそ芸能界のご意見番、ボスと呼ばれている和田アキ子さんですが歌手として芸能界にデビューした当時は壮絶ないじめを受けていたようです。

和田さんがデビューした1970年前後の芸能界は特に大きい事務所もなかったため年齢による上下関係が厳しいところでした。

そのためデビュー当時18歳と一番若かった和田アキ子さんは歌番組では一番初めに楽屋入りすると楽屋の整理をして入口で先輩歌手の到着を直立不動で待っていました。先輩歌手は到着するとそれぞれ奥のメイク台から座っていき最後和田さんがメイクをするのですが、最後ともなるとメイク台は全て埋まってしまっていて仕方なくトイレでメイクをしていたそうです。

ここまでは上下関係が厳しい社会でよくある話ですが、和田さんの場合はその先輩歌手からいじめを受けていました。

特にひどかったのは身体的特徴を揶揄されることで、身長174cmある和田さんは当時周囲の人と比べると頭1つ分大きく楽屋の中にいると「男がいる」と悪口を言われたようです。

さらにはスニーカーにはサインペンで「バカ」「男は帰れ」と書かれるなどひどいいじめを受けていました。

極めつけだったのが1972年、レコード大賞を取った際の表彰式でした。大賞が発表になり和田さんがステージに上がっていくと花束が手渡されます。その花束をよく見てみると”菊”の花束になっているのです。

出典:Ameba

背が高い女は売れないジンクスを破り72年には「あの鐘を鳴らすのはあなた」で日本レコード大賞の最優秀歌唱賞を受賞。番組では花束を抱え涙で熱唱するシーンを放映。ここで和田は「これ見て、菊だよ」と指摘。ナレーションでは「花束が葬儀で使われる白い菊にすり替えられた疑惑がある」と説明。中居正広(47)が「いやがらせ?誰の仕業か見当つかない」と聞くと和田は「全然。関係者ですよ。だって生放送だもの」と返した。母から電話で「なんで菊の花を持ってはったん」と聞かれて初めて気づいたという。中居は「何それ、芸能界ってそんなとこだったんですか」と言い放った。

出典:Livedoorニュース

 

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和田アキ子に嫌がらせをした人物は小川知子?

では誰が和田アキ子さんに嫌がらせをしていたのかというとゴシップ紙の話では和田さんと同じく歌手の小川知子さんだったと言われていました。

「72年に『あの鐘を鳴らすのはあなた』で日本レコード大賞最優秀歌唱賞を獲得したが、その裏では先輩歌手から陰湿なイジメを受けていました。中でも小川知子(65)は和田のスニーカーにマジックで『男女』と書いたり、和田の顔にいびつな化粧を施したりとイビリまくっていた。芸能界に多大な影響力を持つようになってから和田は、イジメられた事実を口外してプレッシャーをかけていますね」(ベテラン記者)

出典:アサ芸

「小川知子」の画像検索結果

出典:YouTube

小川さんは1970年前後にアイドルとして活動していた女優です。しかし歌手活動もしており和田さんがレコード大賞を獲得した時期とも合致しています。

小川さんが和田さんのスニーカーに落書きをしたという情報のほか、バラエティ番組で共演した際は和田さんの顔を掴んでニコニコしていたという情報もあるなどいじめの主犯が小川さんだった可能性は非常に高いと思われます。

昔バラエティで共演したところを見ましたが、小川知子がニコニコ笑いながら和田アキ子の顔を掴んでいましたw
アッコさんは苦笑いするだけで何もリアクションできず、今考えてもかなりの衝撃映像でした。

出典:Yahoo!知恵袋

 

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和田アキ子の現在の夫は飯塚浩司!心の支え!

和田アキ子さんは壮絶ないじめを芸能界で受けたあと、バラティエ番組に多数出演しました。

しかしバラティエ番組では身長が大きいことを面白がられるように歌手業に集中したいという気持ちもあったことからバラエティー番組を降板します。

しかしこれに激怒したテレビ局側は和田さんを2年間出入り禁止して85年開始の「アッコにおまかせ」まであまりテレビで見かけることが少なくなってしまいました。

そんな芸能人生どん底の時に和田さんを救ったのが現在の夫である飯塚浩司さんでした。

飯塚さんはテレビ局のカメラマンをしており和田さんが出演した番組で働いていたことをきっかけに交際を始めました。そして1981年に入籍をします。

子供についてですが2人に間に子供はいません。というのも結婚してから2ヶ月後に和田さんが子宮がんに罹っていることが判明して子宮を全摘出しているからです。

子供が産めなくなることに和田さんは”気が狂うほど泣いた”と後々の番組で証言しています。一方で飯塚さんのはあっけらかんとしており手術の同意書にすぐサインをしました。

それを見た和田さんは飯塚さんに「子供を産めなくなる気持ちがおまえにわかるか」と激怒したそうですが、飯塚さんは「子供よりアッコちゃんを失う方がつらい」と言われて留飲を下げたようです。

飯塚さんは和田さんに比べると非常に穏やかな方で、今も和田さんが後輩を家に招いて飲み会をする時も和田さんが酔っぱらっている隙に後輩を帰らせたりと何かと気遣いをしていると言われていました。

和田さんがご意見番という現在のポジションを確立したのも飯塚さんの存在があったからなのかもしれません。

 

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まとめ

ここまで和田アキ子さんについてまとめてきました。

和田さんは中学生で父への反発から非行に走り荒れた生活を送っていました。その生活の中で唯一の心のよりどころだったジャズやブルースなどを謳っていたところをホリプロの社長に見初められ歌手としてスカウトされます。

しかしデビュー当時、周囲の目は厳しく数々の嫌がらせを受けていました。

ただそれでも耐えられたのは現在の夫である飯塚浩司さんの存在があったからだと思われています。

夫が尻に敷かれる家庭は上手くいくと聞きますが至言なのかもしれません。

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