加藤智大の動機は壮絶な生い立ちが原因!獄中で描いた現在の絵や、弟の自殺の真相も

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出典:ACADEMIC BOX

加藤智大死刑囚は2008年6月8日に秋葉原の歩行者天国にトラックで突っ込んだ後ナイフを振り回し、7人を殺害し、10人に怪我をさせた「秋葉原通り魔事件」の犯人です。

加藤智大死刑囚が事件を起こすまでに至った経緯や、現在の母親や弟に関する情報についてまとめてみました。

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秋葉原通り魔事件の概要と加藤智大の家族について

出典:Twitter

2008年6月8日の12時半すぎに秋葉原通り魔殺人事件はおき、「秋葉原無差別殺傷事件」と言われることもあります。この事件が起きてから10年ほどたった今も加藤智大死刑囚は東京拘置所に入っています。

加藤智大死刑囚はなぜ歩行者天国に飛び込み、7人を殺害する凶悪事件を起こすのに至ったのか、その心情についてまとめてみました。

「秋葉原通り魔事件」の概要は以下の通りです。

場所: 東京都千代田区外神田(秋葉原)
日付: 2008年6月8日(日曜日)12時30分 (日本標準時)
標的: 民間人
攻撃手段: 2tトラックで轢く、サバイバルナイフ(ダガーナイフ)で刺す(切りつける)
武器: いすゞ・エルフパネルバン、(ニッポンレンタカー所有)、サバイバルナイフ(ダガーナイフ)
死亡者: 7人
負傷者: 10人
犯人: 加藤智大
動機: 電子掲示板荒らしに対する抗議の表明

出典:Wikipedia

海外の無差別殺人やテロなどの事件はガタイの良い男がやっているイメージですが、「秋葉原通り魔事件」の犯人の加藤智大死刑囚はそれとは真逆の痩せ型の体型で気弱な感じがします。

ですが、加藤智大死刑囚は日曜日の人の溢れた歩行者天国にトラックでツッコミ、数人を撥ねた後にタクシーと衝突後、トラックを降りて躊躇いもなく歩行者を順々にダガーナイフで刺していき、計7名を殺しています。

このような大量殺人をおこなうにあたって、人を殺した経験がない人は戸惑いがあってもおかしくないと思うのですが、加藤智大死刑囚は躊躇なく人殺しをしていました。

それは加藤智大死刑囚がネット掲示板に影響されて現実への意識が弱いことによるものでしょうか?また、加藤智大死刑囚はもともとサイコパスな人格だったのでしょうか?

加藤智大死刑囚が事件を起こすに至るまでの経緯と現在について以下を見ていきましょう。

加藤智大の生い立ちと経歴

出典:Twitter

加藤智大死刑囚の弟の優次さんはこの事件の後に「兄が母のコピー1号なら僕はコピー2号」と話しており、母親の問題のある人格が加藤智大死刑囚に影響したのではないかと考えられます。

加藤智大死刑囚の母は子供達の教育に力を注いでおり、加藤智大死刑囚を虐待していたとも言われています。

加藤智大死刑囚の母親は、青森県で一番難関の青森県立青森高等学校を卒業しており、子供たちの教育方針はかなり歪んでいたそうです。

過剰な教育方針の反動で生まれた闇

出典:Twitter

加藤智大死刑囚の母親は地域の教育アドバイザーをしているのもあり、我が息子に対して完璧を求めるあまり厳しく教育してそれが過激になっていき虐待に繋がったようです。

凶悪殺人犯の大半は自身の育った環境が異常であり、育児放棄(ネグレクト)や虐待を受けている場合があります。

それに対して加藤智大死刑囚は育児放棄の反対の厳しい教育によって、心が壊されていったと考えられます。

加藤智大死刑囚はあまり頭の良い息子ではなく、そんな息子がしっかり成長できるように虐待や拘束といった形で、勉強をさせようとしていたようです。

メディアでの報道の母親の狂気に満ちた行動は、実際に加藤智大死刑囚が受けたもののほんの一握りだと思いますが、紹介していきたいと思います。

加藤智大死刑囚は小学校のころ母親に怒れると、お仕置きとして青森の真冬という極寒の中で薄着で外で反省させられている姿を近所の方に目撃されています。

外に立たされている時に、雪で靴が濡れることに関しても母親は怒り、裸足で雪の上にたたせるという異常な体罰をしており、一歩間違えると低体温症や霜焼けで死んでいたかもしれません。

また加藤智大死刑囚は小学校の時に九九が覚えられなかった罰として、母親に風呂の水に頭を沈められていたそうです。

話を聞かない子供に対して外で反省させる親はいたとしても、水の中に頭を沈めるというのは異常な虐待としか思えません。

母親は加藤智大死刑囚の九九の覚えられなさに不満を持っていたのでしょうね。

これだけの虐待を受けたら普通の方だったら泣いてしまうと思うのですが、加藤智大死刑囚が泣くと母親がさらに怒りタオルを口に詰め込み、ガムテープで口を止めて屋根裏に監禁していたようです。

幼少期にこれだけの虐待を受けた時に感じる恐怖心は計り知れないでしょう。

加藤智大死刑囚は心にどれだけの傷を負っていたのでしょうか。

弟の加藤優次さんは「秋葉原通り魔事件」に対してのインタビュー内で、兄の加藤智大死刑囚のことを「アレ」と呼んでいます。

インタビューの中で加藤優次さんは加藤智大死刑囚が中学一年生の時に受けた虐待について話しており、食事中に母親に怒られて廊下に新聞紙をひきその上に食事をぶちまけられて「そこで食べなさい」と指示されて、「アレは泣きながら食べていた」と話していました。

父親や弟が母の行動を止めていないことや、インタビューの様子だと弟は虐待にあっておらず、加藤智大死刑囚のみ過激な虐待にあっていたようです。

加藤智大死刑囚は弟からもアレと呼ばれており、2人の中はよくはなかったのでしょう。

出典:https://iwiz-chie.c.yimg.jp/

加藤智大死刑囚は虐待以外にも母親から厳しいしつけを受けていたようです。

加藤智大死刑囚は小学校の時に習いごとを多くしており、水泳、算盤、学習塾に通っており、毎日何かしらの習い事をしていました。一方で自由に遊ぶ時間はなく友達の家に遊びに行くことや友達を家に呼ぶことは禁止されていました。

娯楽面での規則も厳しく、テレビや漫画を見ることも制限されており、見ることができたのは「ドラえもん」と「まんが日本昔ばなし」だけでした。

出典:Twitter

加藤智大死刑囚の母親は良い成績や内申点をとるために、学校に提出する課題に対しては母親のチェックが入ったようです。

母親はただチェックするだけではなく、チェックした時に母親が気になったことに対する質問に対して10秒以内で答えられないと平手打ちをしていたそうです。

母親は加藤智大死刑囚を極度に拘束して、熱心な教育を施していました。

勉強とスポーツに集中させるために恋愛を禁止とし、加藤智大死刑囚が中学生の時に付き合った彼女は母親により別れさせられたそうです。

母親の教育のおかげもあり文武両道をこなし、テニスでは青森県大会3位となり、勉強面では母親の出身校の県内トップの青森県立青森高等学校に進学しました。

ですが、高校生からは母に反発して成績も思うように振るわなくなっていきます。

 

高校時代から成績が悪化していく

出典:Twitter

中学校では母の命令に従い成績もトップでありましたが、頭の良い生徒が集まった高校ではついていけず、また体の成長に伴い母親に対して反抗期を迎えます。

加藤智大死刑囚は過度な母親の教育によりエリート校の青森県立青森高等学校に進学できましたが、県内外から集まった頭の良い学生には敵わず成績を落としていきます。

加藤智大死刑囚は中学では成績上位であったために優越感に浸っていたと思うのですが、高校では成績が悪く劣等感によるストレスが増えていったようです。

体の成長に伴い虐待をしてきた母親にも力で対抗するようになり、学校でも怒ると教室の窓を素手で叩き割るといった異常な行動をされていました。

加藤智大死刑囚は高校に入学当初は北海道大学工学部への進学を考えていましたが、3年生になる時に北海道大学を諦めて岐阜県の中日本自動車短期大学へと志望校を変えます。

東京大学に進学する子もいる同校では短大へ進むというのは珍しいですが、この選択には母親への反発を意志があったと牢獄中で執筆した自叙伝「解+」に記載されています。

また、母親への束縛に対する反抗の意志表示として、アニメ「エヴァンゲリオン」の綾波レイのセリフから「ワタシはアナタの人形じゃない。赤い瞳の少女」という文を高校卒業時の生徒会誌に記載しています。

このセリフには綾波レイが司令官に対して無謀な戦いへの出撃を命じられた時に放った決別の意図が込められていますが、加藤智大死刑囚は母親に対して同様に決別の意志表示をしたのかもしれません。

ですが、自叙伝によると「結果的に損をしたので大学に進学しておけば良かった」と悔やんでいます。

母親からの加藤智大への謝罪

出典:Twitter

加藤智大死刑囚は高校時代から成績も下がり、家庭や学校で暴力を振るうようになったことや、弟の加藤優次さんも高校に進学後3ヵ月で退学して引きこもっていたことから、母親は自分の教育方針が間違っていたと思い謝まったそうです。

弟の加藤優次さんは高校についていけず5年ほど引きこもっていたようで、上京して仕事をしていた時に母親からの謝罪の手紙が届いたそうです。

母親は「お前たちがこうなったのは私のせいだ」と謝るようになり、弟の加藤優次さんは母親の今までの行為について許したそうです。

兄の加藤智大死刑囚を落ちこぼれと思い徹底的に虐待していて、弟の加藤優次さんは優秀であると期待を寄せていましたが、高校を中退してしまうという出来事にガッカリしたのでしょう。

 

母親の過度な虐待の理由はエリート意識

出典:Twitter

最近子供の意志を無視して習い事を強要する親の教育のことを「教育虐待」や「教育ネグレクト」と言われていますが、加藤智大死刑囚はまさに教育虐待を受けていたのでしょう。

加藤智大死刑囚の母親は今までの虐待を見た通り、教育に過度に熱が入った異常者であったことがわかりますが、それは加藤智大死刑囚のことを憎んでやった訳ではなく、母親からしたら愛情を注いでいたようです。

推測になりますが、加藤智大死刑囚の母親も学歴至上主義の両親に育てられ、学歴が全てという価値観で育ったため、子供にそれを強要してしまったのでしょう。

加藤智大死刑囚を優秀な子として育てたいと思ったものの母親の求めるレベルに達していないために、過度な教育・虐待を強いていたようです。

高校に入学するまでは母親の予定通りに加藤智大死刑囚は文武両道でありましたが、心を育てることを怠ったために高校からは落ちぶれてしまい凶悪殺人犯になってしまったのでしょう。

転職を何度もくり返す

出典:Twitter

加藤智大死刑囚は派遣社員として働きますが、職場で自身の評価が認められず心が荒んでいったようです。

中日本自動車短期大学を卒業した4ヵ月後に母親の資金提供を受けて宮城県仙台市で暮らし始め、人材派遣会社「東洋ワーク」で警備員の仕事を始めます。

入社から半年たった時に、準社員に認められ内勤となり、そこで大友秀逸さんと仲良くなり大友さんは事件後も「まだ友達だと思っている」と手紙を書いており、記者には「もし会えたら思い切り殴ってやりたい」と話しています。

加藤智大死刑囚はこの会社に2年務めましたが、入社から半年で警備員から100人に仕事を割り振る内勤へとうつっています。

「20歳やそこらでブラッキーな会社の仕事の割り振り担当を任されて加藤君は本当に大変だったと思います。彼が社会人になって初めて勤務した会社が、もっと努力が報われる職場だったらと思うとやり切れなさが込み上げます。」

出典:精神分析家のセラピー日記

警備員として働いていた時は25万の収入があったが内勤になると17万6000円と下がり、30万で買った車を改装のにかかった費用を借金し返済に追われ生活が苦しかったようです。

友人の大友さんはご飯を2日間食べていない加藤智大死刑囚に上司が1000円渡しているのを見たことがあるそうです。

警備会社を給料面で辞めたようですが、マスコミの報道では人間関係の不満と無断欠勤により会社をやめることになったとされています。

これから社会では事務系エリート・技術系エリート・低賃金でも文句も言わずに仕事をする底辺層
これらの人材が必要とされるそうです
我々のような「普通な人」は必要ないそうです

加藤智大

— 30代ひきこもりニート (@hikikomolism) 2017年9月11日

出典:Twitter

マスコミで報道された加藤智大死刑囚の転職理由は事実と異なり、暴力的な面だけを取り上げていると大友秀逸さんは話しています。

加藤智大死刑囚の職歴は以下の通りです。

2003年3月…岐阜県の中日本自動車短期大学卒業
2003年7月~2005年2月…宮城県仙台市で警備員
2005年4月~2006年4月…埼玉県上尾市にある自動車工場の派遣社員
2006年5月~2006年8月…茨城県常総市の住宅建材メーカーに派遣社員
2007年1月~2007年9月…青森県青森市でトラックの運転手(2007年4月以降は正社員)
2007年11月~2008年6月…静岡県裾野市の自動車工場の派遣社員

加藤智大死刑囚は多くの職場で人間関係の問題から退職をしていますが、2006円からはネット掲示板にのめり込みオフ会も企画しており、プライベートの友人もたくさんいたようです。

コミュニケーション能力はあり、ネット掲示板で出会った日本各地の友人の家を巡る旅行をしており、のちに自殺メールを出しており、本当の意味で心の不安を取ってくれる友人は加藤智大死刑囚にはいなかったのでしょう。

加藤智大死刑囚の苦しんでいる姿を見た両親は、仕事が決まるまで自宅でゆっくり休むことを勧め3年ぶりに両親と会うことになり、その際母親は今までの過度な教育に対して謝ったそうです。

この頃には母親も子供と離れたことで冷静に自身の行為について振り返ることができたのでしょう。

転職を繰り返すうちに、自分の心が休まる場所がないことを悟った加藤智大死刑囚は、生きることに疲れて自殺をすることを考えるようになります。

自宅に帰ってからは大型自動車免許をとり、青森の運送会社で働くようになります。

半年後に青森で1人暮らしをはじめ、再度ネット掲示板で仲良くなった友人を巡る旅で2週間の休暇を取ろうとしようとしたが休暇が取れず会社をやめて旅行に行きます。

旅行を終えた後、また自殺を考えていることを友人に伝えると説得され、車中泊していた時に警察に職質された時に自殺を考えていると話して警官に止められるも、生きる希望を失っていました。

転職を繰り返していくうちに加藤智大死刑囚は、徐々に自分の中にストレスを溜め込んで行き、最後の職場でストレスが爆発してしまいます。

加藤智大死刑囚はトヨタ自動車の関東自動車工業の工場で塗装の仕事をしていましたが、リーマンショックの影響により破産することが決まり、社宅に住んでいたため仕事と住むところがなくなる絶望を味わい、「あ、住所不定無職になったのか ますます絶望的だ」とネット掲示板に書き込んでいます。

そして、「秋葉原通り魔事件」を引き起こす原因の1つとも言われる加藤智大死刑囚のローカー内のツナギが紛失してしまい、ネット掲示板には「作業場にいったらツナギがなかった。やめろってか。わかったよ。」と怒った様子をあらわにしています。

これは「秋葉原通り魔事件」が起きる3日ほど前のことでした。

加藤智大死刑囚は工場を無断欠勤して帰り道に「BUMP OF CHICKEN」の「ギルド」の歌詞をネット掲示板にあげて、自身の心情を語っています。

美しくなんかなくて
優しくもできなくて
それでも呼吸が続くことは許されるだろうか

その場しのぎで笑って
鏡の前で泣いて
当たり前だろう
隠しているから気づかれないんだよ

出典:WONDERFUL PLUS

加藤智大死刑囚は生きることに疲れており、心休まるネット掲示板が「なりすまし」で荒らされ、またネット上で知り合った女性に彼氏がいることがわかり、仲のいい後輩に彼女ができたなど、さらに加藤智大死刑囚を苦しめるような出来事が連続で起こります。

加藤智大死刑囚は自分の居場所がなくなり、「なりすまし」の方への間接的な仕返しをするために大量殺人をするようになります。

 

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「秋葉原通り魔事件」発生

出典:Twitter

生きる希望がない状態で、ショックな出来事が立て続けに起こり、大量殺人を決意した加藤智大死刑囚は「秋葉原で人を殺します」とネット掲示板でコメントをし事件を起こした同日12時30分まで書き込みをしています。

加藤智大死刑囚は犯行で用いたダガーナイフを福井県にあるミリタリー輸入雑貨屋で買い、2トントラックの「いすゞ・エルフ」をレンタルしています。

早朝に事件の当日の行動を示す「車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使いますみんなさよなら」というコメントもしています。

掲示板内では、体調が悪いことや天気が悪いこと、今までの人生で小さい頃から大人にとて評価されやすいキャラを演じてきたなどを発言していました。

出典:Wikipedia

加藤智大死刑囚は秋葉原で12時30分に殺人を行うことを計画してトラックで移動しました。

6時10分に通る予定の道路が封鎖されており身の回りの全てのものが自分を邪魔していると感じていることを投稿し、6時31分に出発し、東名高速道路で東京にきました。

加藤智大死刑囚はより大型のトラックを借りようとしたのですが、借りるためのクレジットカードを持っておらず、手持ちの現金で借りることのできた2トントラックで犯行に及んだようですが、仮に大型トラックに乗って歩行者天国に突入したら、被害者はもっと増えたと思うと恐ろしいですね。

出典:Twitter

加藤智大死刑囚は体調の悪い中、悪天候や渋滞の愚痴を掲示板に投稿しながら、秋葉原には11時45分に着いたそうです。

到着した時に、歩行者天国の日であるかを確認する投稿をした後、12時10分に「時間です」という投稿をして12時半に殺害を決行しました。

加藤智大死刑囚は猛スピードで赤信号に突っ込み、青信号で横断していた歩行者5名をはね、その後タクシーに激突して止まりました。

この時は交通事故だと思われていたようですが、加藤智大死刑囚がトラックから出てダガーナイフで通行人や警察など計17名に襲いかかり逃走しました。

出典:https://twitter.com/

警察官は警棒で加藤智大死刑囚のダガーナイフと戦いましたが、ナイフを一向に捨てない加藤智大死刑囚に向かって拳銃を発砲すると脅すと、加藤智大死刑囚はナイフを捨てて投了して現行犯逮捕されました。

この事件は17名が重軽傷をおい、その中の7名がなくなるという日本の犯罪市場でも類をみないほど凶悪で過去30年で最悪と言われていました。

加藤智大死刑囚はなぜ事件を起こした?

出典:Twitter

警察やマスコミでこの事件の加藤智大死刑囚の動機が捏造されたものが報道がされていますが、加藤智大死刑囚はことごとく否定しています。

ツナギの紛失が犯行動機として考えられ、解雇になったことが原因で起きた事件という説もありましたが加藤智大死刑囚は否定しています。

非正規雇用労働者であったため、今後の労働をした先の将来を不安に思い、社会に対して一石を投じるために事件を起こしたのではないかと考える方もいますが、加藤智大死刑囚はそれも以下のように否定しています。

「若者が希望を持てる社会、などと言われたりしているようですが、意味不明です。何故そうやって社会のせいにするのか、全く理解できません。あくまでも、私の状況です。社会の環境ではありません。勝手に置き換えないでください。」

出典:Wikipedia

また、加藤智大死刑囚はネット掲示板で、人生の負け組、女にモテない、2次元しか愛せないオタク、ハゲていると言ったことをネタにする不細工スレの主でしたが、これはコンプレックスというよりネタとして扱っていたようで犯行動機ではないようです。

事件数日前に、「ひぐらしのなく頃に」や「GTA」などの暴力的なゲームをネット掲示板で話していたので、このようなゲームに感化されて事件を起こしたという説もありましたが、ゲームはオタクキャラとして話していただけとのことでした。

他にも、学歴コンプレックスについても言及されましたがそれも否定しています。

加藤智大死刑囚は犯行動機を獄中で出版した「解+」で記載しています。

その部分をまとめると、「母は自分の価値観が絶対であり、それを反論することを許さなかった。だから私も同じように自分の価値観を絶対とし他の人が反論することを許さない。」として、掲示板を荒らして自分の価値観を乱した人への間接的な逆襲として殺人をしたようです。

秋葉原を事件現場としたのは、「ネット掲示板=秋葉原のオタク」という連想があったのでしょう。

また事件を決行した原因は、加藤智大死刑囚の他者へは相談せずに自分の価値観で決めつけて行動してしまう極端な性格も関係しているかもしれません。

加藤は、短期間で転職を繰り返した理由は、上記のように職場や人間関係に対して不満があると、雇用主や同じ職場で働いている人と話し合いをせずに、不満への抗議の表明手段として、無断欠勤してそのまま職場放棄して退職するという、極端な考え方とその現象としての言動が原因であると、裁判で供述している。

出典:Wikipedia

加藤智大死刑囚は生まれてから事件発生までの全ての出来事に絶望し、殺人事件を起こして自分の人生を終わりにしようと考えたのかもしれないですね。

また、何の問題もなく幸せに生きている人たちに怒りを感じ、道連れにしたいと思って事件を決行したのかもしれません。

出典:Twitter

加藤智大死刑囚は死刑廃止運動をされている団体が主催する「死刑囚表現展」に監獄の中から応募し、8人の受賞者の中の1人に選ばれています。

作品の内容は、ゲーム「艦隊コレクション」を主体としたイラストロジックと呼ばれるパズル作品です。

応募したきっかけを以下のように話しています。

誰も傷つけずに遊びを遊びとしてわかりやすく楽しんでもらうには何ができたのかと自問したところ、理屈で物事を処理する思考やできそうならこだわるが無理そうならすぐ諦める性格などといった自身の特徴に鑑みればこれがひとつの解ではないかと結論したのが数字を手がかりにドット絵を復元する数理パズル「イラストロジック」を製作することだというわけで、早速やってみた。

出典:Yahoo!ニュース

加藤智大死刑囚は掲示板で独自キャラを作って数人のメンバーと楽しんでいたところ、それを荒らされて自分の居場所がなくなったことから事件を決行したようです。

イラストロジックは、「誰も傷つけずに遊べる手段」だと思い、応募したようです。

 

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事件後の加藤智大の家族の崩壊

出典:Twitter

兄が大量殺人犯となり人生を終えたことに対して、弟の加藤優次さんは兄のようになりたくないと思い自殺という選択をとって人生を終えました。

加藤優次さんも加藤智大死刑囚と同様に母親に虐待されており、5年間引きこもっていたこともあり、兄よりも内気な性格であったため自殺という選択をしたようです。

「あれから6年近くの月日が経ち、自分はやっぱり犯人の弟なんだと思い知りました。加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです。それが現実。僕は生きることをあきらめようと決めました。死ぬ理由に勝る、生きる理由がないんです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」

出典:週刊現代

秋葉原通り魔事件後、加藤優次さんは自殺するまで同じ記者の方にインタビューされており、自殺直前の2014年1月31日に記者に対してA4用紙250枚に及ぶ事件についての考察や、事件後の加害者の家族の悲惨な末路について書かれていたようです。

加藤智大の弟は自分の居場所がなくなった

出典:Twitter

事件が起きた夜にマスコミが加藤優次さんの家に押しかけたため、迷惑をかけないようにするために退職届を出したようです。

加藤優次さんは兄の加藤智大死刑囚の事件により会社を辞めることにより、東京を離れることになり、事件から3ヶ月した時にメディアが落ち着いた時に加藤優次さんは引っ越して、アルバイトを始めたようです。

加藤優次さんは大量殺人犯の弟遠教えてネットで有名になってしまい、事実無根なことが好き放題書かれていたそうです。

自分の名前を検索すると、すぐヒットする状態にありました。弟は高校でイジメに遭っていた、と同級生という人物による書き込みもあった。事実ではないことも書かれていましたが、事実もありました。自分を知る人間が書き込んでいる。それは間違いないことでした。

出典:週刊現代

加藤優次さんはネットの情報によって徐々に心が追い詰められたようです。

マスコミによって精神的に追い詰められた

出典:Twitter

加藤優次さんはマスコミから逃れるために、東京と埼玉を何度も引っ越しして職場も変更していったのですが、マスコミがその度に追ってきたようです。

「引っ越して、住民登録を済ませると、1ヵ月も経たないうちにマスコミの人が来るんです。インターフォンが鳴り、ドアが乱暴に叩かれる。なんでわかるんだろう、と恐怖を覚えるとともに、やっぱり逃げられないんだな、とあきらめのような感情が湧きました」

出典:週刊現代

マスコミ記者にとって加藤優次さんは、加藤智大死刑囚へのコメントもらう他に、殺人犯の弟という立場から何かが起こるとスクープになると思って追っていたのかもしれませんね。

最愛の彼女からの厳しい一言

出典:Twitter

加藤優次さんはマスコミに終われ、仕事先でも加藤智大死刑囚の弟とわかると解雇されるといった辛い時期の最中の秋葉原通り魔事件から1年たった頃に彼女ができました。

加藤優次さんは兄の話と事件の話を告白し、兄と自分は関係ないという言葉をもらえ心の支えとなったそうです。

彼女との結婚を夢見て、仕事も一生懸命をしてアルバイトから正社員となりました。

しかし、彼女の両親には事件と兄のことを話して交際の時には反対されていませんでしたが結婚する時に猛反対され、マスコミが何度もアパートにきて乱暴にドアを叩かれて怯えるようになり彼女は精神的に追い詰められるようになり、加藤優次さんの心を壊す一言を言ってしまいます。

「あんたが犯人の弟だから」

加藤優次さんの心を壊す彼女の言葉は以下のようなものだったそうです。

一番こたえたのは「一家揃って異常なんだよ、あなたの家族は」と宣告されたことです。これは正直、きつかった。彼女のおかげで、一瞬でも事件の辛さを忘れることができました。閉ざされた自分の未来が明るく照らされたように思えました。

出典:週刊現代

周りが兄と弟を同類扱いする中、兄とは関係なく自分個人として認めてくれていた彼女からの罪のない一言で加藤優次さんは自殺を決意します。

加藤優次さんの自殺

出典:Twitter

加藤優次さんはお世話になっていた記者で秋葉原通り魔事件の家族の目線での本を出版したいと250枚に及ぶ手記を送ったのちに自殺しています。

加藤優次さんは、殺人犯である兄と同じ要素が自分の中になることに気づき、兄とは違いを確認するために、兄との会うために東京拘置所に行きますが、加藤智大死刑囚は家族との面会を拒否して会うことができませんでした。

兄に対しても50通以上も手紙を送ったそうですが、返事は全くなかったようです。

「自分は兄とは違う。直接会って、それを確認したいんです」だが、優次は最後まで、兄に会えなかった。加藤は家族を拒否していた。面会どころか、差し入れすら拒否された。実は死の少し前にも、優次は拘置所を訪ねている。「今度こそ会えると思ったのに。一度でいいから会いたかった」

出典:週刊現代

加藤優次さんは「兄は母のコピー1号だと言う、その法則に従えば自分はコピー2号だ」と手記の中に書かれており、殺人鬼の兄と同じ要素が自分の中にあると気づいたそうです。

加藤優次さんは2014年2月初めに、餓死という自殺をしようとするも水を飲んでしまい失敗してしまい、1週間後に首吊り自殺をして亡くなっています。

少しだけ寝付けなくて、秋葉原の事件が気になり見て見たら、加藤智大の弟さん亡くなってたのか。。。可哀想に。。。

兄が犯した罪を弟が巻き添えくらうとかなんだよ。そんなに事件の真相なんて見たくないわ。俺の先輩も先の事件で殺されてるけども、正しさ振りかざしてなんでもしていいのかよ。

— K (@Hi_Kei46) 2017年8月20日

加藤智大の両親は隠居生活

出典:Twitter

2人の息子を亡くした両親は離婚してしまい、その後の2人の生活も地に堕ちたものでした。

父親は地元の信用銀行に勤めていましたが、事件後から数ヶ月後に会社からクビになり、自宅に脅迫や嫌がらせの電話がかかってきたため、電話回線をきりカーテンを締め切り電気を使わずローソクを使い、生活しているそぶりを見せずにマスコミに怯えながら生活をしているようです。

「ご主人が一人でひっそり暮らしています。朝早くに出て夜遅くに帰ってくる毎日で、事件以来、カーテンはずっと閉め切られたままで、夜も電気が点くことはありません。

……そう、あれからずっと、加藤さんはロウソクの灯りで生活しているみたいなんです」

出典:週刊現代

母親は息子達の末路から自分の教育や虐待に問題があったという罪の意識から、心が壊れ精神病院に入院します。

錯乱状態で面会謝絶の時もあったようで、退院後、青森の実家に帰るも実母が孫の事件を知りショックで病気になり亡くなってしまい、その後は加藤智大死刑囚の父親と同様に隠居生活をしているようです。

 

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まとめ

秋葉原通り魔事件の犯人の加藤智大死刑囚とその家族についてまとめてみました。

加藤智大死刑囚は教育熱心な母親の虐待により、心に弊害をもち凶悪犯となってしましました。

事件当初、ネットで「負け組」「非リア」の方々から「神」「代弁者」と持ち上げられていましたが、加藤智大死刑囚は自身の著者でそのような人間を蔑んでいるため、加藤智大死刑囚を讃える流れは無くなったようです。

事件後、弟は自殺し、母と父は隠居生活を強いられ、家族は崩壊しましたが、事件で亡くなった7人の遺族の気持ちが安らぐことはないでしょう。

加藤智大死刑囚の死刑でようやく「秋葉原通り魔事件」は終わりを迎えるのかもしれません。

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