林真須美は冤罪で無実だった?生い立ちや殺人者の子供と言われた長男の現在についても

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出典:日刊ゲンダイ

1998年7月25日(平成10年)閑静な住宅街で突如として起きた凶悪事件「和歌山毒物カレー事件」。

4人の死亡者と67名の負傷者を出し、世間が震撼したこの事件の犯人であり現在服役中の林真須美死刑囚について、その経歴や事件の経緯、そして現在までをまとめました。

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林真須美について(「和歌山毒物カレー事件」まとめ)

出典:Twitter

凶悪殺人犯・林真須美死刑囚とは何者だったのか

衝撃的な事件であった「和歌山毒物カレー事件」から20年余が経過しましたが、事件で亡くなった4名のご遺族をはじめ今尚多くの人の心に傷を残しています。

この事件を起こした林真須美死刑囚の生い立ちを見ていくと、本当に浅はかで自分勝手な人間であることわかりますが、一方で良心を残しているようなも部分も見え隠れしています。

今回は、林真須美死刑囚の人となりや事件の詳細についてまとめています。

以下が「和歌山毒物カレー事件」の概要です。

場所: 和歌山県和歌山市
標的: 夏祭りに集まった園部地区の住民
日付: 1998年7月25日
攻撃手段: カレーライスに毒物を混入
攻撃側人数: 1名
武器: 亜ヒ酸
死亡者: 4名
負傷者: 67名
犯人: 林眞須美
動機: 不明
対処: 死刑

出典:Wikipedia

林真須美死刑囚は普通の主婦でありながら、保険金詐欺を繰り返しており、事件を起こして逮捕された当時で数億円に及ぶ大金を保有していたと言われています。

実の母すらも保険金詐欺の標的に含まれていたとされ、お金のためなら身内を騙すことにすら躊躇がない林真須美死刑囚の異常さが伺えます。

しかし「和歌山毒物カレー事件」における林真須美死刑囚の動機は判然とせず、億単位の財を保有している人物がこのような事件は起こす理由がないのでは?と「別に真犯人の可能性」について憶測を呼びました。

多くの死傷者を出した「和歌山毒物カレー事件」の真相について以下にて詳細に見ていきます。

林真須美の過去

出典:Twitter

林真須美死刑囚は1961年7月22日に小さな漁村で誕生しました。

父親は控えめな性格で、母親は保険外交員を務める真面目な性格の人だったようです。二人の兄を持つ末っ子であり、林死刑囚の幼少期を知る人はその当時の林死刑囚を指して「明るい性格で可愛い子だった」と語ったようです。

ただ、両親共働きで家を不在にすることが多く、社会性を育むという点において両親に遊んでもらえなかった影響もあるのかもしれません。

そんな林被告が「和歌山毒物カレー事件」を起こしたのは彼女が37歳の時でした。

出典:Twitter

林真須美死刑囚の幼少期の家庭環境は経済的にそれなりに高水準で安定しており、幼少期にピアノを購入してもらう、お小遣いも周囲の同世代の子と比べて多く貰うなど恵まれていたようです。

また、家事手伝いをよくする素直な子に育ったようで、当時の近隣住民によると明るい子だった、と口を揃えて証言しています。

その一方で、林死刑囚を象徴する性格として「負けず嫌い」といった証言が多数あり、この性格が林死刑囚の成長とともに次第に増長していくこととなります。

林真須美、異常性の片鱗が学生時代から見え隠れ

出典:Twitter

林真須美死刑囚も普通の人と同じように子供の頃は可愛い子供であったようです。しかし思春期あたりから破綻した性格の片鱗が見え始めていた様子。

林死刑囚の学生時代は幼少期の活発な印象は薄れ、清純な大人しい印象の少女だったようです。

反面、負けず嫌いな性格は年齢を重ねるにつれ異常なまでに強まっており、テストの点数が他人より悪かったり自分の意向に反する自体に遭遇すると癇癪を起こすなど、清純なイメージとのギャップも大きく周囲も驚くほどだったとか。

この時期を境に、他人より劣ったり誰かに強制されて自由を束縛されるということに対して強い憤りを抱きはじめた様子が伺えます。

林真須美、夫・建治被告との馴れ初め

出典:Twitter

林真須美死刑囚は後に夫となる建治被告との出会いを機に決定的に犯罪者としての性質を持つようになります。

林真須美死刑囚は高校卒業後に看護師になるべくに大学附属の看護学校へ進学しましたが、寮の規則や教育のあまりの厳しさに嫌気が差し、自由を求め寮生活から抜け出したいと強く願っていたようです。

そして、看護学校2年生の時に後の夫である建治と出会います。

当時、建治被告は35歳にして会社を経営しており、バブル期だったこともあり羽振りのよい人物でした。林真須美死刑囚へのアタックも相当のもので、派手な車での学校への送迎や高級ネックレスをプレゼントするなど猛烈だった模様。

出典:https://iwiz-chie.c.yimg.jp/

当時既婚者だった建治被告の猛烈なアタックから察するに林真須美死刑囚が持てていた様子が伺えますが、この建治被告も身勝手な価値観を持った人物だったようです。

建治被告はギャンブラーでとても羽振りが良く、当時19歳の林真須美死刑囚が見たこともない大金を一度に稼ぐ建治被告に対し、何不自由ない人生を与えてくれる人物として魅了され結婚に至ったようです。

林真須美、波乱万丈な結婚生活

出典:MediaGroove

林真須美死刑囚は看護学校卒業後の1983年に建治被告と結婚しましたが、この結婚が林死刑囚にとって大きな誤算となります。

すぐに結婚式を挙げた二人ですが披露宴で林死刑囚の起こした行き違いから恥をかかされたと感じた建治被告が激昂。林死刑囚を激しく罵りながら平手で顔を叩いたそうです。

波乱の幕開けで迎えた二人の結婚生活ですが、後に建治被告はギャンブルで破産し会社も倒産。建治被告も自堕落な生活を送るなど次々とトラブルに見舞われ、林死刑囚の思い描いていた理想の自由な生活とはならなかったようです。

林真須美、夫・建治との子供を出産

出典:Twitter

夫への幻滅と生活への不満を募らせた林真須美

林真須美死刑囚は夫・建治被告との結婚当初はまだ真面目に働く精神性を持っていたようですが理想とかけ離れた不自由な生活に次第に余裕がなくなっていきます。

林死刑囚は結婚生活直後から家賃3万円の安アパートを借り、余裕のない貧困な生活を送っていました。建治被告も多少働いてはいたようですが、主な収入源は林死刑囚でありウェイトレスや化粧品販売員など様々な仕事をして生計を立てていました。

結婚の翌年に住宅ローンで3,500万円の新築一戸建てを購入。同年には長女が生まれ、翌年には次女を出産。ここまでは林死刑囚も慎ましくも幸せを感じていたのではないでしょうか。

林真須美、夫・建治への恨み言

出典:アサ芸

夫の建治被告は結婚後次第に働かなくなりギャンブルに依存した生活を送ります。生計を立てていたのは林死刑囚であり仕事をしない旦那について以下のような言葉を残しています。

「あんなおっさん、早よ死んだらええんや」
「昨日、おやじとケンカして殴られたんや。ほんま腹立つ。あんなおやじいらん。早よ死んだらええのに」
「アタシは、カスをつかんで結婚してしもた。仕事も続けんと、競輪でスッてばっかりしくさって、早よ死にさらせ」

出典:新潟青陵大学

林真須美死刑囚が思い描いていた自由な理想の結婚生活が、建治被告が仕事もしないダメ夫になってしまったことで成り立たなくなってしまいました。そこで、林死刑囚はお金を手に入れる手段を選ばなくなり元保険外交員としての知識を悪用し保険金詐欺に手を染めていったのです。

「(建治が)死ねば、保険金もぎょうさん入ってくるし、そしたら子どもと一緒に自由気ままに暮らすんや」

出典:新潟青陵大学

林真須美、保険金詐欺に手を染める

出典:産経新聞

林真須美死刑囚の家庭はごく普通の家庭だと思われていたのが、次第に不審な大金が舞い込むようになっていきます。

林真須美死刑囚は保険外交員だった頃の知識を利用して夫の建治被告と共に多くの保険金詐欺を働きます。

以下に詐欺の内容を列挙。

1993年5月18日には夫がワザと転倒し右膝を骨折。それをバイク事故によるものとして後遺障害保険金を2052万円詐取。

1996年2月13日に林真須美死刑囚がワザと火傷で両足を負傷。自転車でバーベキューの炭火に突っ込んだものと偽り入院給付金を459万円詐取。

1997年2月6日には夫・建治被告がワザと亜ヒ酸入り葛湯を飲んで保険金を詐取しようとしたが失敗。

同時期頃に急性白血病による脳出血で林真須美死刑囚の実母が亡くなっており、保険金1億4,000万円を取得していますが、亜ヒ酸を飲ませたことによる白血球の増加が原因だと言われています。

1997年9月22日には亜ヒ酸入り牛丼を食べさせて知人男性を殺害し、保険金1億2910万円を詐取しようと目論見ますが、男性は死亡せず入院給付金539万円を詐取。

1997年11~12月には亜ヒ酸を飲んだ後遺症で入院している夫の症状を重く見積もって高度障害保険金を1億3768万円詐取。

1998年3月28日には再び知人男性に、今度は亜ヒ酸入りうどんを食べさせ、保険金1億2910万円を詐取しようとしますが再び失敗に終わります。

林死刑囚は1995年には7,000万円で120坪の家を購入、1998年2月には高級リゾートマンションの最上階の購入契約を交わすなど詐取によって得た金銭を元に贅沢な暮らしをしていました。

しかし、その生活も長くは続かず1998年10月4日に二人は詐欺容疑で逮捕されました。

 

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林真須美、「和歌山毒物カレー事件」現在に至るまで

出典:産経WEST

「和歌山毒物カレー事件」が起きたのは林真須美容疑者が詐欺容疑で逮捕される3ヶ月前の1998年7月25日のことでした。園部地区で行われた夏祭りで提供されたカレーを食べた67人が中毒症状を訴え病院に搬送、内4名が死亡しました。

発表によると、死亡した被害者は64歳男性、54歳男性、16歳女性、10歳男児とのこと。

保健所の調査よって当初は集団食中毒とされていましたが、その後の和歌山県警の調査によって吐しゃ物に青酸が混ざっているのが検出されたため青酸中毒との発表がありました。

しかし、青酸の中毒症状の内容と被害者の訴える症状が一致しないことから、警視庁の科学警察研究所で細部に渡り調べたところ使用された薬品が亜ヒ酸であることがわかりました。

その後、林真須美死刑囚とその夫である建治被告が亜ヒ酸を使用し詐欺を働いていたこと、二人の居住地が事件の起きた園部地区であり、林死刑囚がカレー作りに参加していたという点も決め手となって殺人の容疑で再逮捕となりました。

林真須美、解明が進まない動機と死刑判決

出典:Twitter

林真須美、異例の裁判で死刑判決が下る

直接証拠を抑えられないままに林真須美死刑囚に死刑判決が降りたことに対し冤罪説も囁かれましたが、状況証拠の段階で十分に林死刑が犯人だと証明できていると最高裁で判断されました。

林真須美死刑囚はこの判決に自分の起こした数々の詐欺事件で使われた亜ヒ酸と、カレー事件で使われた亜ヒ酸は別物だとして再審請求をしましたが棄却されています。

警察は事件を丹念に調べ、当時を入念に再現し、状況証拠だけで林死刑囚の死刑判決を獲得しました。

以下が警察の示す林死刑囚を犯人とする状況証拠です。

①カレー鍋に混入されていた亜ヒ酸と被告人の自宅等にあった亜ヒ酸が同一であること
②被告人が午後0時20分から午後1時までの間、1人でカレーを見張っており、カレー鍋に亜ヒ酸を混入する機会があったこと
③他の時間帯において、他の者が亜ヒ酸を混入する機会がなかったこと
④被告人およびその家族がカレーを食べていないこと
⑤くず湯事件をはじめとして、被告人が過去、飲食物に亜ヒ酸を混入して他人を殺害しようとしたという類似の犯罪を行っていること

出典:Yahoo!知恵袋

林真須美死刑囚の殺人に至る確固たる動機が証明されないまま、状況証拠のみを根拠に最高裁判所で死刑判決が降りたことに対し、ネット上では議論が巻き起こります。

ちなみに、夫の建治被告は3件総額1億6,000万円の保険金を詐取したとして服役し、2005年6月7日に刑期を終え出所しています。

林真須美の犯行の動機は一体何?

出典:Twitter

林真須美死刑囚は、動機について一切口を閉ざしているため真相はわかりませんが、検察の示す状況証拠も曖昧な部分が多かったとも言われています。

林死刑囚が犯行に及んだ動機として最も有力視されていたのは、調理場内で他の主婦たちに疎外されたため腹を立てたというものです。

しかし、これまでに行った保険金詐欺はどれも計画的であり、まして大金を詐取していた林死刑囚が、一時の怒り任せに自身にとって損しかない事件を起こすわけないと死刑判決に疑問を抱く声が多かったようです。

それでも最高裁は「被告人の犯行動機が不明であることは犯人であるという認定を左右しない」とあくまでも多くの状況証拠を盾にこれらの疑問を突っぱねています。

しかし、林死刑囚のほかに近隣に亜ヒ酸を所有している人物が6人程存在することが判明しているため、林死刑囚は冤罪である可能性が高いとの説もあります。

林真須美、冤罪の可能性?

出典:Twitter

林真須美死刑囚が冤罪出会った場合、可能性として考えられるのは、林死刑囚によって詐欺被害を受けた人物による報復として林死刑囚が嵌められた。

僅か数ヶ月の間に園部地区という極限られた範囲で亜ヒ酸による保険金詐欺事件と「和歌山毒物カレー事件」が起きるというのは普通では考えられません。誰もが林死刑囚が犯人であることを疑わないでしょう。結果としてその通り、死刑が確定してしまったのですが、しかし事件が起きた当時の証言には曖昧な点も多く、本当に林死刑囚が真犯人だとは断言できない状況のようです。

決定的な物証はなく状況証拠しかないこと。(混入されたヒ素の鑑定への疑問も出されています) 検察は、被告が「激高」してカレー鍋に毒を入れたとしていますが、激高した様子は確認されていないこと。 犯罪心理学的には、保険金詐欺のような知能犯罪と無差別殺人を狙った毒カレー事件のような粗暴犯罪を、同一の犯人が起こすことは珍しいこと。

出典:Yahoo!ニュース

林死刑囚は事件現場となるガレージに次女と一緒に来ており、カレーの見張りの担当を交代した後は座った状態で楽しそうに会話をしていたという証言もあります。

さらに現場にいた女子高生によると、亜ヒ酸が混入されたカレー鍋を開けたのは「白いTシャツを着て首にタオルを巻いた長い髪の女性」ということでしたが、この証言に当てはまる特徴を持っていたのは林死刑囚の次女であり、林死刑囚は当時黒いTシャツを着ていました。つまり林死刑囚とその次女を見間違えたのではないかということです。

また、次女を連れていった場合、カレー鍋に亜ヒ酸を混入させようとすると彼女の目を盗んでの犯行ということになります。最初から毒物を混入させようとしていた場合わざわざ次女を連れてくることはしないのではないかと思われ、林死刑囚による犯行である考えるのは難しいとの見方もあります。

林真須美の死刑執行の日取りについて

出典:Twitter

林真須美死刑囚に死刑判決が下されてからが約15年が経ちました。しかし、未だに刑が執行されない背景に、冤罪の可能性が示唆されています。

林死刑囚の冤罪の可能性については幾度となくネット上でも言及されており、詳しい捜査状況が明かされることはありませんが、警察も冤罪の可能性を視野に捜査を続けているとのことです。

あくまでネット上での「噂話」ですが「真犯人は別にいる」という話が流れています。弁護側も、何か「手掛かり」のようなものを掴んではいるようですが、裁判ではまだ、明らかになっていません。

出典:Yahoo!智恵袋

ただし、事件から相当の時間も経過した今も尚警察が真剣に真犯人を追っているとは思えません。そのため林真須美死刑囚の冤罪が証明される確率はほとんどないでしょう。

林真須美、カルト信者?

出典:https://i.ytimg.com/

極悪犯罪者は朝鮮半島出身者?カルト信者?

大事件が起こるとその犯人が創価学会や顕正会などのカルト教団の名前が持ち上がります。

いつの頃からか、林真須美死刑囚がこれらのカルトの会員であるとささやかれ始めましたが実際に林死刑囚がこれらに入信していたという確かな情報もなく、極悪な犯罪者はカルト教信者であるというように仕立てたいとする動きが見えます。

しかし、林死刑囚とカルト教団の関わりについては一切マスコミが報じていないため、これらの情報に信ぴょう性はないとされています。

林真須美、「和歌山毒物カレー事件」後の状況と現在

出典:Twitter

「和歌山毒物カレー事件」発生後の園部地区は現在でもこの事件による大きな影響が残っています。

事件後、林真須美死刑囚の自宅の壁は誹謗中傷で埋め尽くされました。また、何者かの放火により家が全焼してしまい現在では公園に姿を変えています。

社会的にも事件を連想させるカレーのCMが自粛され、園部地区を中心とした事件現場の周辺地域では、20年以上の時が経った今でも学校給食のメニューからカレーを除外しているようです。

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林真須美の息子が語る事件後の人生

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殺人犯の家族は学校でいじめられる、勤務先の会社から解雇されるなど構成された社会から除外されるようになり、改名も余儀無くされるなど事件後に人生が一変すると言われています。

林真須美死刑囚の長男が自身の生い立ちから事件後の現状までを語ってくれました。

現在和歌山市内の運送会社に勤務しているということですが、彼が物心ついた頃には保険金詐欺によって手に入れた億単位もの大金が家の金庫にあり、欲しいものはなんでも買い与えられ、時にはその札束を積み木代わりに遊んでいたとか。

林真須美死刑囚の長男の話によると事件後は毎晩のように建治被告が林死刑囚へ事件に関与していないか詰問していたという。次第に子供たちからも疑われるようになった林死刑囚ですが、それでも頑として事件への関与を否定していたようです。

長男と最後に交わした会話は運動会に来てくれるか尋ねた長男に林死刑囚が答えた「絶対に行ってやる」という言葉だったという。結局この願いは叶わずに、長男の運動会の前日に林死刑囚は逮捕されてしまうのだが。

他の姉妹の事件後の足跡は不明ですが、長男は林真須美死刑囚が「和歌山毒物カレー事件」の犯人だと報じられて以降社会から除外されていきます。

事件当時小学生だった彼は、林死刑囚と建治被告が拘留された後は養護施設に預けられました。そこで同じ施設にいた少年達にいじめを受けていたそうです。

施設では日常的に暴力を受けており、職員にバレないように体の目立たない場所を狙っての暴行であったため生傷が絶えなかったという。

長男は林死刑囚の起こした事件内容から「ポイズン(毒)」と呼ばれ、給食のカレーライスには乾燥剤を混ぜられて嘔吐してしまうこともあったとか。

社会で働ける年齢になりようやく施設を出られた彼ですが、アルバイトを始めても林死刑囚の息子であることがバレると「衛生面でよくない」などの理由で解雇されるなど、環境が変わっても殺人犯の子供であるというレッテルは消えず非常に辛い思いをしたようです。

林真須美死刑囚の長男は2017年時点で地元の運送会社に雇用されており、ようやく落ち着ける環境を手に入れたようです。

また、彼は働きながらも年に一度ほど林死刑囚に接見に行っているそうです。

2016年6月に接見した際には林死刑囚の性格は相変わらず強気なままで、歯こそ抜け落ちてしまっていたものの「早めに老人ホームに入ったと思っている」などと元気に振舞っていたという。

しかし、夫の建治被告には死刑台に連れて行かれる夢を見るなどと弱音を語ることもあり、長男に対して強がって見せるのもせめて子供達には明るい姿を見せたいとの思いがあるのかもしれません。

4人いる子供達は今でも母親の無実を信じており、法律関係を学んでいるという次女はもしかしたら母親の疑いを晴らす手段を模索しているのかもしれません。

また林死刑囚の長男は事件発生から現在までの自身の半生を書き綴った図書を出版しています。「もう逃げない。」というタイトルの本は現在、長男本人を名乗るSNSのアカウント上で冒頭部分が公開されています。

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林真須美についてまとめると

1998年7月25日に多くの死傷者を出した「和歌山毒物カレー事件」の犯人とされる林真須美死刑囚。

林死刑囚は複数回にわたり相手を殺しかねない保険金詐欺事件を起こした結果、5億円にものぼる大金を詐取した犯罪者ですが、カレー事件に関しては冤罪ではないかとの指摘もあります。

しかしこの冤罪説はあくまでもネットでの噂程度であり、信ぴょう性は低いとみられます。

子供たちも母親の無実を信じる反面、林死刑囚がやった可能性が高く葛藤があるのかもしれません。

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